自作曲の品質アップの手段としておなじみの「リファレンストラック」。
リファレンスは「参考」と言う意味で、リファレンストラックとは楽曲制作中に折に触れて参照し、音量バランス、アレンジの方向性、部屋のアコースティックのチェックなどの判断基準として活用される参考曲のことです。
モデルとする楽曲を目安に作業することは、途中の試行錯誤にかける時間を圧縮してくれる、とても有効なアプローチと言えるでしょう。
しかし、十数年以上リファレンスを活用して思うのは、誤った使い方をすれば判断のブレの原因になる、クリエイティビティの足かせとなるなど裏目に出ることもある、と言うことです。
もちろんこういう事態は避けたいところ。
ということでこの記事では、リファレンスと「上手く付き合って」楽曲の品質アップをはかる、そのポイントを7つご紹介いたします。
この記事は
- 今までリファレンスを「何となく」使っていた
- リファレンスの「正しい」使い方を知らない
- そもそもリファレンスを使ったことが無い
といった方におススメです。
リファレンスの基準
リファレンスとしてピックアップする曲は、以下の条件を満たしていると望ましいでしょう。
- 制作曲と同じジャンル・方向性
- 制作曲に近いテンポ
- ある程度著名なアーティスト/プロデューサーの作品
あくまで「望ましい」程度なので、ガチガチに考える必要はありませんが、出来るかぎりジャンル・方向性・テンポは制作曲に近いものにすべきです。
キックひとつをとっても、テンポが速いとタイトでシャープ、遅いと若干ルーズでリリース長め、と言う風にサウンドの相場がある程度変わります。スネアの質感、音量感などもジャンルや方向性でかなり変わってきます。
余計な混乱を生まないためにも、これらは作っている曲に沿うようにするのが無難でしょう。
また、著名な制作者の作品を指定するのは、サウンドクオリティに大きな落ち度が無いからです。一部若手プロデューサーや無名のアーティストの曲は、かなり強引なミックスの曲もみうけられます。
メジャーな音源ダウンロード販売サイトでも
微妙な品質の音源はざらにある
モニター環境がある程度しっかりしていないとこの問題に気が付かないことが多いので、なるべく著名な作成者の作品が望ましいでしょう。
目的を明確にして使う
逆に言えば、「目的に沿わない部分はチェック対象としない」となります。
リファレンスはしばしば自分のお気に入りナンバーであり、音量バランス以外にアレンジ、楽曲展開、個別サウンドなども魅力的なことが珍しくありません。
このような「誘因力」の強い曲をあいまいに聴き続けてしまうと、当初の目的と無関係な部分までもがその曲の影響下に置かれてしまう可能性があります。
ミックスのチェック中に、アレンジの不満足な点も気になり始めたケースなど。
なので、もし音量バランスの参照として選んだのであればその一点のみにフォーカスし、それ以外の要素は出来る限りチェック対象から切り捨てましょう。
ちなみに私はミックス以外に、以下のような目的でリファレンスをセットすることがあります。
- ボーカルのエディット
- ノリ・グルーブのチェック
- 楽曲のピークの盛り上がり具合
- アレンジのチェック
など。
割り切ってピックアップしますので、目的の部分以外は極力無視します。
複数ピックアップする
単一のリファレンスしかないと、「自分の曲をひたすら特定の曲に近づける」という近視眼的アプローチに陥る危険性があります。とくに経験が浅い場合。
そもそもリファレンスは一つの判断基準でしかなく、まったく同じにする必要などないし、決して同じにはなりません。しかし経験が浅いと、どこまで近づけて割り切るかの線引きが出来ず、埋まらない差を埋めようとして行き詰ってしまう、という落とし穴があります。
この事態を避けるため、リファレンスは複数、具体的には3曲程度セットすると良いでしょう。選曲基準は上の「リファレンスの基準」と同じでOK。そこまで深く考える必要はありません。ただ他ジャンルであったり、テンポが大きく異なる曲は避けましょう。
リファレンス管理用のフォルダートラック
3曲程度が手ごろ。チェック時は音量を揃えておく
あとはリファレンスチェックの際、それらを連続で聴き、最後に自分の曲を聴きます。それで大きな違和感が無ければ、とりあえずOK。
どの曲も微妙な差異は当然あるわけで、自分の曲がその誤差の範疇に収まっているかを確認する手法と言えます。ピンポイントでなくある程度の幅をもったストライクゾーンなので、ゾーン内のどこかに収まればOKと考えると、神経質に悩む時間をかなり抑えることが出来るでしょう。
曲の方向性が変われば
リファレンスも変える
アレンジ等の参考として制作序盤でセットしたリファレンスは、制作が進むにつれ方針にギャップが生まれ、あまり参考にならなくなる場合があります。
制作中の楽曲と方向性が異なってしまったリファレンスは用をなしませんので、遠慮なく捨てて、新しい方針に沿ったものを選び直しましょう。意外と「賞味期限切れ」になってしまっているリファレンスを惰性でチェックし続けているケースが、私自身多々ありましたので。
一部パーツを借りる
リファレンスの使い方として一般的ではありませんが、アレンジ段階でなんらかの指針・インスピレーションが欲しいとき、試してみると良いでしょう。
例えばドラムス作成時・・・
リファレンスのようなグルーブが出ない場合、キック・スネア等ワンショットを「借りて」自分の曲に貼ってみて、それを軸にアレンジしてみる。のちほどオリジナルと差し替え。
4つ打ち系のキックを探しているが、判断基準があいまいな場合、リファレンスにダッキングをかけてキックを「消し」、それにフィットするキックを探してみる。
など。
特定の曲・ジャンルのグルーブやノリが、ドラムスのサウンド特性に大きく依存している場合は意外と多く、模範解答からさかのぼることで、ノーヒントで作るよりもグッと的確なアレンジになる可能性を引き上げてくれます。
また、「意外と軽めのキックだった」「スネアの音量は、実はかなり小さい」など、ただリファレンスを聞いているだけでは気が付かない部分に気づくきっかけにもなります。
キック以外のサウンドが多少混じっていても OK、アイデアのたたき台としては使える
他にも
アレンジに行き詰っている時、リファレンスをフィルターでローカットして、途中段階の自作曲に重ねて聞いてみる。
など。
テンポを同じにする手間があるものの、これによっておぼろげながら完成イメージの青写真が見えることがあります。
以上、リファレンスの要素を「借りる」手法に相場があるわけではありませんが、アレンジの閉塞感の打破に、かなり即効性のあるアプローチです。
ほかに面白い「借りる」アイデアがあればぜひ試してみてください。
圧縮音源に注意
アレンジの参考程度であれば良いでしょうが、ミックス時のリファレンスとして圧縮音源は要注意です。リファレンスの楽曲データは、出来るなら非圧縮のWAV、最低でも320kbpsのmp3が望ましいでしょう。
圧縮音源は全帯域にまたがって、情報量の多い部分から一般リスナーにとって違和感ない程度にデータを間引いています。結果本来よりも解像度が低く音がぼやけてしまい、定位感、音の輪郭、ヌケなどがかなり犠牲になっています。
参考 ➡ デジタルオーディオの仕組み – 音声圧縮の原理 MP3, AAC, ATRAC
youtubeやストリーミングから拝借してきたのも同じようなハンディキャップがある可能性大なので、これらも避けるべきでしょう。
また、ネットにアップされているDJミックスから切り出して使うのも止めましょう。ダメ押しのマキシマイズによってサウンドが歪んでいる疑い濃厚です。
以下、圧縮により失われる要素だけを抽出して試聴できる記事です。
ミッドやハイが犠牲になるのは理解できますが、フォーマットによってはローエンドにまで波及しているのは驚きます。また「ロスレス」が文字通り非圧縮と100%同じなのも面白い。
興味があれば非圧縮の WAVとそれをコンバートした mp3を準備し、DAWで片方を逆位相してミックスしてみてください。この記事と似たようなサウンド結果が得られるはずです。
モニター環境をチェックする
この項目だけリファレンスの目的が他と異なります。
外部スタジオのアコースティック特性をチェックする場合、あるいは購入検討中のモニターのサウンド特性をチェックする場合などがこの用途に該当します。
ピックアップするリファレンスの基準も、以下のように考えるといいでしょう。
- 日頃から聞き込んで耳に馴染んでいる、音質に定評のある曲
- 過去に作った自分の作品
一つ目は自分の聴き慣れているお気に入り曲でOK。
シンプルに聴いてみて、自分の知っているサウンドイメージと異なる部分が、そのスタジオやモニターのサウンド特性と言うことになります。同じ型のモニターであっても、部屋が異なればかなり印象が変わりますので、予断は禁物。
同じ型のモニターでも
配置やインターフェース、ケーブル、周辺家具などで音がかなり変わる
二つ目の自作曲チェックも、対象のサウンド特性を知るのが主な目的ですが、こちらは自分のモニター環境の反面チェックという意味合いも兼ねています。
自作曲を聴いてみて、出音が納得いくものであればOK。もし自分のイメージと違いすぎる場合、自身の制作環境に難ありの可能性大です。適正にミックスされた曲は、どこで聴いてもある程度聴ける範疇に収まるバランスになっているからです(というかそれがミックスの目的ですが)。
経験上、自作音源の特徴とスタジオ環境のサウンド特徴は、真逆になることが多いです。
「薄い低音域」「狭いパノラマ」「強すぎるハイエンド」などは、部屋のアコースティックに真逆のサウンド特性があるという意味。
このようにリファレンスであれ自作曲であれ、外部に持ち出してチェックすると様々な発見があります。
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まとめ
以上、リファレンス活用のポイントについて説明いたしました。
まとめると以下のとおり。
- 制作曲に近いジャンル・方向性・テンポのもの複数を選ぶ
- リファレンス目的をはっきりさせておく
- 外部スタジオやモニターのサウンド特性チェックにも使う
- 必要なら一部データを借りてアイデアの素材としても良い
最後に、リファレンスと付き合う際の程よい「距離感」について。
本文中でも言及していますが、リファレンスをモデルにミックスしたとして、近づけるにも限度があります。アレンジにしても個々のサウンドの表現にしても同様。
なので、ある程度リファレンスを元にサウンドを調整したならば、それ以降は割り切って「自分の曲が映える」オリジナルなアプローチに切り替えて、楽曲を仕上げてしまいましょう。
似たバランスの楽曲同士があってもそれは結果論、自分の曲がもっとも映えるのは、最後はオリジナルのアプローチになるというのが個人的感覚です。
ぜひご自身にとって快適なリファレンスとの「距離感」を探ってみてください。