David Guetta(デヴィッド・ゲッタ)が伝えたい若手EDMプロデューサーへの4つのアドバイス

  • 2021年2月23日
  • 2021年5月18日
  • EDM
EDM

David Guetta、ゴシップの絶えないEDM界隈においてこのフランス人プロデューサーは常に毀誉褒貶のターゲットでした。他のプロデューサーとのコラボ楽曲の多さから、どの程度スタジオワークにコミットしているのかは常に議論の的です。

今回はウェブマガジン「We Rave You」の「David Guetta names 5 things every producer needs to know」で、彼が動画の中で語っている内容を抜粋翻訳し、それに解説を加える形で記事にしました。(元記事では5つとありますが、一つ内容が薄かったので本記事では4つとしました。)

今のところ Guetta ほど長くEDMシーンの中央に君臨し続けている人物はおらず、ヒット曲の生まれる場面を至近距離で体感してきた人間の話は耳を傾ける価値があると言えるでしょう。

機材の使い方などの些末な話題は既に超越してしまったとも言える、アラフィフの熟年プロデューサー Guetta は何を語るか?

① 技術的側面にフォーカスしすぎてはいけない

思うに、多くの若手プロデューサーが勘違いしているのは、プロダクションの技術的側面にフォーカスしすぎてて、アーティストとして自分が何を表現したいのを忘れてしまっているケースが多いということだ。
一方でサウンドの仕上がり具合はさほど上質でないが、表現したいこと、リスナーに伝えたいことが込められている楽曲もある。アーティストとして自分が伝えたいことがね。
僕の甥がプロデューサーを志しているということもあって、彼には折に触れてこの点を強調している。彼からはどうしても技術的な質問が多いんだけど、トレンドの技術的側面にキャッチアップしたとしてそれでどうなる?
うまくピカソを模倣できる人間がいるとして、彼はコピーキャットと呼ばれるに過ぎないだろう。片やピカソは彼以前は誰も表現しえなかったことを表現しているわけで、これがもっとも重要なことなんだ。

そもそもEDMのみならず音楽は、程度の差こそあれセールスを上げてナンボの産業的側面と未知なる表現の可能性に挑戦する芸術的側面が入り混じった文化的活動です。

Guetta は後者の視点を無視してはならないと諭しているのでしょう。

アーティストであっても作家であってもこの両者の間で自分なりのバランスをとっているというのが実情です。 

音楽制作の軸足がどちらに重心があるのかはひとそれぞれですが、心しておくべきは、技術的側面は Google で調べたり経験者にアドバイスを仰ぐことでケアすることができますが、「何を表現したいのか」に関してはだれも教えてはくれない、教えることはできないということです。

音楽でアーティスト活動を志すなら、スキルの向上と併せて、このことについて一度徹底的に掘り下げる必要がありそうです。

② 他人の批判をおそれて音楽的な意思決定をすべきではない

ご存じのとおり、僕はいつも「多くの時間、スタジオの外での活動に精を出している」という体で批判にさらされることが多い。でも長い目で見れば、ほとんどの時間スタジオ外で活動しているがゆえに、新しいアプローチで音楽制作に臨むことが出来る。数年たてば周囲が僕のやったのをマネするという意味で、これは正しかったと言えるわけだ。
― 批判に対して気持ちがなえたりしないかい?
もちろん時には悩みもしたさ。今はそうでもないけどキャリア最初の頃はとくにね。
でも僕は常に自分のやっていることを信じていたし、過去に一度たりとて恐れに基づいて意思決定したことは無いんだ。そうではなく愛と情熱に基づいて決めるようにしている。
多くの人は逆に批判されることを恐れて音楽的な決断をすることが多いようだ。例えば、とあるDJが「他のDJだったらプレイするであろう」楽曲をわざわざピックアップしてプレイするとかね。そうじゃなくフロアのオーディエンスを見るべきだろう。他のDJに対してでは無く、目の前のオーディエンスに対してプレイしているんだからね。 

楽曲制作中に、一般リスナーではなく他のプロデューサーの評価を考慮し始めると、自分の音楽的判断軸が大きくブレることがあります。

旬のプロデューサーが作る流行りのサウンドにあまりに囚われすぎてしまうと、「彼らが作るであろうサウンドを想定して作る」という、まさに Guetta の指摘と同じ事態に陥ってしまう危険性があります。

楽曲制作はまずは自分が表現したいモノを中心に据えるべきで、それを形にするために必要な技術・ノウハウ・機材などをその都度確保しながらキャリアを進めていきます。

結果メロディの傾向・アレンジの方向性・ミックスバランスなどは独自のカラーを帯びることになり、そこに流行りのアプローチを組み込んだとしてもそのまま「彼らが作るであろうサウンドを想定して作る」ことにはなり得ないわけです。

この主従が逆転してしまうと音楽制作が一転してとても苦しいものになってしまう可能性があります。

③ ハードワークがすべてのもとになる

多くの人が「君の作ったレコードは全部ヒットしてるね」というけれど、実際はそんなことはなく、僕のハードディスクには作り損ねた大量のゴミレコードが眠っている。僕が手掛けたけど単にリリースしてないやつさ。
16曲入りのアルバムを作るとして、その背後では150曲からの楽曲を制作しているのが実情だ。そこで選ばれなかった曲はすべてゴミ箱行きとなる。
僕はマジシャンでも何でもない、触れるものすべてを金(きん)にしてしまう魔法を使えるようなね。でも単にハードワークしているだけ、ベストであろうとしているだけなんだ。

1曲のシングルの背後には幾つものボツ楽曲が横たわっている、というのは Guetta だけでなく他のプロデューサーのインタビュー等でもよく聞かれる話。

彼クラスになるとリリースのたびに新しいワンタッチがリスナーから期待されている訳で、月並みな楽曲をおいそれと公表するわけにはいかないでしょう。

ちなみに、EDM系楽曲はどれも似たり寄ったりだから、作り方もパターン化されているのでは?という話をしばしば耳にしますが、意外とそうでもありません。

何となくEDMっぽい程度の曲であれば OK ですが、ガチEDMであればキックのセレクトは言うまでもなく、各サウンドの太さ、ミックスバランス、グルーブ、ボーカルのキャッチ―さ、など気にすべきポイントは無数にあるわけです。

丸一日作業して成果ゼロというのも珍しいことでは無いようで、かなり精神力が問われる、ハードワーカーでないと出来ない仕事のようです。

④ 批判的であれ

時々レコードを聴いている時、例えば Calvin Harris のレコードを聴いているとして、「なんで俺はコレをやらなかったのか?」と感じてしまうことがある。素晴らしい楽曲を聴いたとき、「ああ俺がこの曲を作っていたなら」なんて考えてしまう。それが僕の感性なんだ。
もちろん素晴らしい楽曲とはいえヒップホップやロックとか、僕の好むタイプの楽曲で無い場合は大して問題ではない。でも僕の好みのスタイルのコード、サウンドとかを聴くとして、それが僕のやっていなかった類のものだった場合、「俺はバカか?」などと考えてしまうんだ。
― 君は(自分の曲を)批判的にみる人間なんだね
ホントそうなんだ。

自分の制作楽曲を客観的・批判的に聴くように努める、というのは重要な論点ですが、他人のイケてるサウンドを聴いて悔しがるというのは、Guetta の負けず嫌いな性格が垣間見える、興味深いエピソードです。

ちなみに制作中リファレンス曲などと比較して

「キックが楽曲にフィットしていない」
「リードラインがキャッチ―でない」
「サウンドが細すぎる」
「レイヤーが足らない」
「奥行きが無くて平面だ」
「楽曲に推進力が無い」

などと自分の楽曲の欠点が気になってしまう、これは結構あるあるな風景です。

リファレンスを真似し過ぎて、自分の表現したいモノまで失ってしまうのは本末転倒ですが、市場に出すためにある程度まで品質を高めておかなくてはいけないのも事実。そのために批判的に自分の曲を見るのは大切なこと。

ここでポイントは、リファレンス曲を立てる際はある程度サウンドにばらつきがあるものを複数準備するということです。連続で聴いたのちに自分の曲を再生して自然であれば OK と考えれば、視野が狭くなって迷う局面がぐっと減るでしょう。

まとめ

興味深いのは、

「多くの時間、スタジオの外での活動に精を出している」

と、自分がそう見られているとちゃんと自覚している点です。知ったうえで「自分のやっていることは正しい」と居直る。なかなかに図太い神経の持ち主です。

その一方で、Nicky Romero が雑誌インタビューで、「Guetta は自分の手掛けたレコードに関して、かなり細かい部分まで内容を正確に把握している。」とコメントしていることから、彼が楽曲制作にかける情熱は本物のようです。

Guetta が単なるフリーライダーなら、あそこまで数多くのビッグネームとのコラボは不可能だったでしょう。おそらくは主にプロDJとしての視点からスタジオワークに参画していたのではないでしょうか。

生き馬の目を抜く厳しさの業界で、長年トップに立ち続けている男のしたたかさは半端ではありません。Guetta からコンプや DAW 操作を教わることは無いかもしれませんが、それ以外に目をやれば、彼から教わるべきことはまだまだ沢山ありそうですね。