EDM という枠組みを超えたポップスターとしてアンタッチャブルな存在となった Calvin Harris。今や Youtube 累計再生回数が青天井の彼も、長い下積み時代は機材購入のためにバイトのシフトを増やそうとする、いつの時代にもどの国にもいる音楽ワナビーズの一人だったようです。
レトロを基調とする独特なサウンドと微妙にピッチのよれたハスキーボイス。彼は今に至るまでの独自の試行錯誤を経て、他のどのEDMプロデューサーとも異なる唯一無二の世界観を生み出すことに成功します。
ここでは彼が2012年の雑誌インタビュー(FutureMusic誌_2012/2月)で語った内容の一部を抜粋翻訳して解説を載せる形で記事にしました。
前半は機材がらみの話ですが後半に行くほど内容はシリアスになり、calvin Harrisが手にしたブリティッシュドリームは幾多の試練の果てにあったことを伺わせます。
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① シンセは必ずサンプラーで使う
彼の曲が打ち込み主体であるにも関わらずつねにオーガニックな感触を損なわないのは、使っている音源がハード主体という理由だけなく、このようなひと手間をサウンドの「隠し味」として挟む労を厭わなかったからとも言えそうです。
例えばソフトシンセは安価で簡便ですが、あまりに普及したせいでどうしてもどこかで聞いた音になってしまうジレンマがあります。当然そのまま出音で個性を出すのはやや厳しく、満足できない場合はなにがしかのワンタッチが求められます。
サウンドの質感を変える類似のアプローチとして
- Little Alterboy 等ピッチ補正系プラグインでフォルマントを変える
- サンプルレート 48Khz のネタを 44.1Khz 環境で使う
(再生速度が下がる&ピッチが下がる) - オーディオバウンスしタイムストレッチ/ピッチシフトする
というのがあります。
特に2番目の手法はチューニング上の難点もありますが、音階上に無いキーにトランスポーズされ、なおかつ再生速度が変化するため、オリジナルでは絶対に出せないキャラクターを帯びることになります。再生速度が変わるだけなので音質劣化もありません。
サウンドの質感に満足できない場合試す価値があるでしょう。
② アナログギアを使い倒す
彼のデビュー前の下積み時代は90年代後半から2000年代前半にあたり、当時は今でいう DAW は黎明期で、音楽制作環境にはまだハードウェア機材がゴロゴロしていました。
中古市場もあるとはいえ、そこそこ値が張るハード音源をぽんぽん購入する余裕は貧乏ミュージシャンにはなく、手元の一台の音源を徹底的に使い倒すパターンが多かったようです。私もこの類です。
音にバリエーションがなく不便ではないかと思われそうですが、さにあらず。逆に機能・要素が絞られていることでアレコレ目移りすることなく、より音楽的な部分に集中できたと思っています。
ところが今では作曲・編曲・録音・ミックス・マスタリングなど、一人のクリエイターに求められる技術の幅がかなり広く、音楽未経験者なら一体どこにフォーカスして良いか皆目見当がつかないでしょう。
この場合すべてを同時に消化するのは難しいです。CalvinHarris のように、特定の機材のみに照準をあてて徹底的に使い倒す方が、あれもこれもやろうとして虻蜂取らずになるよりか遥かに得られるものがあるはずです。
③ 自分の歌声に自信が持てない
CalvinHarris 自身が指摘するように、彼の歌唱スキルはそこまで洗練されているとは言えなさそうです。とはいえ不思議と曲調にフィットしており、彼のレトロな世界観はその歌声でもって完結すると言ってもいいくらいです。
彼はソロ以外にさまざまな大物シンガーと共演していますが、大きな違和感はありません。上手いか・ヘタかというスキルも大切ですが、それ以上に楽曲の醸し出す空気に馴染んで溶け込んでいる方がずっと重要です。
これは結構良くあるケースで、特に海外では歌唱スキル・演奏スキルに難ありでも、アーティスト・バンドに必須の要素であれば十分評価されうる素地があります。
もし楽曲に有効だと判断されるなら、プロデューサーとして自ら歌唱や楽器演奏を買って出るのは決して悪いことではありません。逆に曲の世界観を理解しえない外部のプロに任せる方が不都合といえます。
ちなみに制作者自らがメインボーカルを兼ねている著名な例として The chainsmokers があります。こちらも楽曲の世界観に欠かせない要素となっています。
④ 音楽に取り憑かれる
これは今でいう「ひきこもり」と言ってしまって良さそうです。
遊びたいざかりの10代後半~20代前半、周囲の甘い誘惑を振り切ってストイックに音楽だけに打ち込むその姿は、音大や国家試験の対策に黙々と取り組む若者をほうふつとさせます。
CalvinHarris だけではありませんが、成功する音楽プロデューサーはおしなべて勤勉でありハードワーカーであるというのは共通した資質であるようです。彼の場合は音楽に“憑依”されていたのだから尋常では無かったのでしょう。
私が個人的に感じるのは、音楽のようにある程度以上のスキルが求められる業種は、人生の一時期にそれだけに専心没頭する期間、つまり浴びるように技術的な洗礼を受ける期間が無いと、一流にはなり得ないのではないかということです。
青虫がさなぎを経て羽化するように、いかなる才能の持ち主でもそれを開花させるまでにはこのような雌伏の時期が必要なのでしょう。
⑤ 音楽を諦める寸前まで追い詰められる
「絨毯爆撃」「やけくそ」といった穏やかならぬ表現が飛び交っています。14歳から20歳まで足掛け7年間なんども自信作のデモを送っては無視され続けるというのは、ひじょうに打ちのめされる経験です。最後彼はSNSに突破口を見出しますが、これを7年継続できる人間はそう多くないのではないでしょうか?
音楽に限った話ではありませんが、何かに新しく挑戦し始めて半年~1年程度でモノにならないとすぐに辞めてしまう人がいます。
明らかに適性が無い場合、他にもっと打ち込みたいものが見つかった場合は別として、多くの場合その程度の短期間で得られる本質的なスキルはそう多くありません。
近年は短期間でプログラミング等の技術を獲得してキャリアアップという流れも見受けられます。しかし音楽・語学・スポーツ等はこの類型にはあてはまりにくいのではないかと思います。
なぜならいづれも運動神経・聴覚器官など肉体的な開発が必要なため、ある種のノウハウを丸暗記すれば期間短縮できるようなものとは条件が異なるからです。
石の上にも三年と言いますが、おそらく音楽は3年でも不十分でしょう。
CalvinHarrisでさえ7年です。音楽は長期戦、これからこの分野で勝負しようと志す方はこのことを肝に銘じたいものです。
⑥ リリース契約にこぎつけるには
客観的に自分の音楽を判断する、というのはかなり難しいテーマです。
これに関する私の簡単な見解は、自分の作品を一回聞いて「良い曲じゃないか!」とごく自然に思えないモノは改善の余地ありということです。「ん?」と感じて何度か聞きなおすことがあれば、その時点で何かが調整不足だと断定していいでしょう。
リスナーの視点に立てば分かることで、聴いていい曲ならリピートし拡散するけどダメな曲なら一度聴いておしまい、いい曲に聴こえるまで何度も繰り返し聴くリスナーなどいません。チャンスは一度きりです。
CalvinHarris だけでなく、トッププロデューサーは世界のどのリスナーよりも厳しい耳で自作音源をチェックしているでしょう。
音楽の技術的側面は地道な訓練である程度対応できても、客観的に自作音源を評価する基準を会得するのは容易ではありません。世のヒット曲と突き合わせてダメ出しし続けるしかなさそうです。
個人的には、プロデューサーに必要な能力は楽器や音響機材を扱うスキルよりも「冷静で客観的な判断をする視点」があるかどうかの方がより本質的ではないかと感じます。なぜなら、前者に不足があるのはまだしも後者の視座が欠けているプロデューサーはもはやプロデューサーとはいえないからです。
⑦ 創造性の限界に挑む
CalvinHarris はデビュー以来何回かの制作スタイル変遷があります。多くの場合流行りのサウンドとは一線を画したもので、この独自のサウンドを追求し続ける姿勢こそが彼を単なるいち EDM プロデューサーからポップスターへと昇華させた要因の一つと言えそうです。
ただ彼が語るようにその試行錯誤はややリスキーで、周囲に模範解答となるリファレンスが無いため頼りにできるのは自分の音楽的感性のみです。
楽曲制作を学ぶ際にお手本としてリファレンスをセットするのは賢い方法であるといえます。ただそれだと、トレンドにキャッチアップすることは出来ても、トレンドの半歩先を行くための学びにはなりづらい側面があります。
そのためには流行りのスタイルを吸収しつつもそこに留まらない、リスナーの、そして可能なら自分自身も予期しえなかった新しいワンタッチを楽曲に注入する、そういう野心は失わないでいたいものです。
まとめ
彼が語っていた内容をまとめると以下のとおり。
- 独自のサウンドにこだわるなら手間を惜しむな
- 音楽で一流になるなら専心没頭する期間をもて
- 徹底して客観的であれ
- 他に無い創造性を音楽に注入せよ
CalvinHarris はそのクールでダンディな佇まいとは裏腹に、中身はかなり泥臭い職人気質な男だと感じます。洒落たカフェで颯爽とデスクワークする自分の姿に酔う、スタジオ作業はそういったものは様相を異にするまさに戦です。
彼は今でこそ世界的音楽プロデューサーとして名声を欲しいままにしていますが、それは10代から20代のもっとも多感な時期に徹底して音楽にコミットし続けた結果と言っていいでしょう。
早い段階で周囲からチヤホヤされることなく、誰の援護も期待できない状況下で、ひたすら己の音楽性だけを信じ続けた結果であると言っていいでしょう。
キャリアを重ねるたびに新たな音楽性を披露し、音楽以外によそ見することが決してない、CalvinHarris はまごうことなきトッププロデューサーの一人として、今日もスタジオワークに精を出しているはずです。
※ この記事は、FutureMusic誌 2012年2月号のインタビュー記事を抜粋翻訳して作成しました。