今やEDM系楽曲にボーカル系のエフェクトやギミックは無くてはならないものになっています。その中でもここ最近よく耳にするのが以下のようなボーカルシンセサイザーサウンド。
【1:53~2:00 の部分】
【イントロ部分】
最近では特に Don diablo がこのようなボーカルエフェクトを好んで多用している印象です。
人工的ではあるもののボコーダーのようなロボット感丸出しではなく、適度にボーカルの息遣いが感じられるオーガニックなサウンドが特徴です。リードボーカルのサポートはもちろん、2曲目 All the time のようにバッキングの主体として曲の前面に押し出すような活用も可能。
このようなサウンドを扱うプラグインにはいくつか種類がありますが、ここでは特に代表的な Izotope vocalsynth2 にスポットをあてて、同様なサウンドの作り方について解説していきます。
巷では使い方が難しいといった評価もあるようですが、全部の機能をつかう必要はなく、要点をおさえれば誰でもかんたんに使うことができます。
この記事は
- リードボーカルを厚くして華やかにしたい
- 今風のボーカルエフェクトについて知りたい
- EDMヒット曲の要素を楽曲に取り入れたい
といった方におススメです。
完成後のサウンド
完成サンプル
本記事のサウンド作成解説用に、冒頭で動画紹介した Zara Larsson – All the Time をリファレンスとして作成したサンプルです。
ボーカル素材は splice から適当に調達してきたものを使用しています。オリジナルと完全に同じにするのは難しいので、多少の音質やリズムの違いは許容しつつ適度にクリアになるように調整しました。
プロジェクトダウンロード
サンプルの Cubaseプロジェクトダウンロードリンク。適宜ご活用ください。
サードパーティ製プラグインとして vocalsynth2 以外に Xfer Serum を使用しています。無い場合は別の使い慣れたソフトシンセで代替可能です。
Izotope vocalsynth2 について
最初にメインで使用する Izotope vocalsynth2 について簡単に説明します。
Izotope vocalsynth2 とは
5系統のボーカルシンセと7系統のエフェクトを搭載した、ボーカル加工に特化したエフェクト兼シンセサイザーです。
- ボーカルサンプルに直接インサーション
(Autoモード) - サンプルをトリガーにVocalsynth2の内臓シンセをサイドチェイン
(Midiモード) - サンプルをトリガーに 他の音源をサイドチェイン
(Sidechainモード)
3つのモードで使用することができ、今回のようにシンセ音源をボーカル素材でモジュレ―トする使い方は、MidiモードとSidechainモードになります。
前者は音源が vocalsynth 内蔵シンセに限定されるのに対し、後者はソフトシンセからオーディオトラックまでどんな音源にでも活用できます。音色作成の自由度はこちらに軍配が上がるといっていいでしょう。
ここではSidechainモードでサンプルを作成しました。
ざっくりしたGUI説明
一見複雑に見えますが、実際はとても単純明快なGUIをしています。
- モード選択
- ボーカルシンセエリア
- グローバルエリア
- エフェクトエリア
ざっくりとこれら4つの部分から構成されており、こだわった調整でない限り大体の操作はボーカルシンセエリアだけで完結します。
ボーカルシンセの発音機構は複雑なので仕組みを理解する必要はありません。ただ画面上部のパラメーターは「ブレス感が強くなる」「フォルマントが上下する」など、音色作成のキモになるのでざっくりと効果は把握しておきましょう。
vocalsynth2 詳細は下記マニュアルを参照ください。
➡ マニュアルリンク
作り方の手順
ここから実際にサンプルデータ作成の手順について説明していきます。
下準備
midiフレーズの準備
まず Cubase でインストゥルメントトラックを作成し、リファレンス曲に合わせて以下のようなmidiフレーズを準備しました。BPMは102です。
コード進行はシンプルに「A ➡ C#m ➡ B ➡ F#m7」で、各声部が動くことでキャッチ―でリズミカルなフレーズになっています。
ちなみに vocalsynth のリズムの刻みはモジュレートソースのサンプルに依存するので、モジュレート先のmidiは基本レガートの白玉コードトラックでOK。
ソフトシンセの準備
同じインストゥルメントトラックに、モジュレ―ト先シンセ音源として Serum を立ち上げます。
ウェーブテーブルはデフォルトのノコギリ波のまま。Unisonは5でDetuneは10時の位置。後ほどこまかく調整します。
ボーカル素材の準備
モジュレ―トソースのボーカルサンプルを準備します。今回は splice より
【Vocal RnB(Sample Tools by Cr2)】VRB_Something_Vocal_Loop_02_Dry_102_F#min.wav
を選びました。
セレクト基準は Bpm102 である点とリズムの刻みがリファレンスに近いと感じた点です。モジュレ―トソースにのみ使うのでどんなキーでもOK。
冒頭一小節しか使わないので、サンプルをロードしたら以下のようにエディットしておきましょう。
これでOK。
サイドチェイン・モード選択
次にボーカル素材のオーディオトラックに vocalsynth を挿入し、サイドチェインスイッチをオンに、併せてインストゥルメントトラックのチャンネルウィンドウを開き、Output から「Side-Chains – VRB_・・・」を選択。
そして vocalsynth 上部のボタンで画面を切り替え Sidechain モードに切り替えましょう(下図参照)。
これで Serum にサンプルトリガーのサイドチェインがかかった状態になりました。まだ粗削りですがこんな感じ。
サンプルをグリッドに揃える
今度はサンプルの歌詞を聞きつつ、グリッドと合っていない部分をラフで合わせていきます。以下タイミング修正の一例。
③はこの手法で行うと簡単です。調整後のビフォーアフターは以下のような感じ。トリムで切り詰めた部分はやむを得ないと割り切ります。
完璧にグリッドに合わせる必要はなく聞いた感じタイミングが揃っていればOK。ちょっとした違いですが、以前のルーズな感じが減ったのが分かります。
ソフトシンセエディット
次に Serum を立ち上げて少し細かくエディットします。内容は以下の5点、コンプはマルチバンドをオンに。
ポイントはウェーブテーブルエディットを中心に倍音を強調させ、基音(ボイシング)はそのままに「サウンドの重心を高くしてヌケをよくする」点です。
安易にボイシングを変えると各声部のヨコの流れのニュアンスが変わるので、出来る限りタッチせずに音を引き立たせたい所です。
vocalsynth2エディット
いよいよサンプルトラックの vocalsynth を開いてエディットします。内容は以下の通り。
Vocoder はエッジがきつすぎたので代わりにBiovoxをメインにし、さらにフィルターでハイカットした compuvox でミッドローをサポートさせました。
vocalsynth 内部でシンセモジュールを複数使う場合、役割分担を明確にすることで機能の取捨選択が容易になります。
Compuvox 内蔵フィルターでハイカット
またBiovox の Nasal / Breath で歯擦音を敢えて強調し、心地よいブレス感を醸し出しています。このパラメーター次第でずいぶんとサウンドの印象が変わってきます。
以前のゴツゴツした感じが抑えられてスムースに、さらにタテ(周波数帯)ヨコ(パノラマ)にバランスが整い全体的にリッチになりました。
ベースとコードにパートを分離
さらにリファレンス「all the time」ようなクリアなベースラインを得るため、コードとベースを分離することにします。
既にある2トラックを複製し、元のトラックの midi からベースラインを削除、また新たに複製したトラックからベースライン以外を削除。
複製したベース用の Serum / vocalsynth のセッティングは以下の通り。
Serum はデフォルトのオシレーターを+1oct のみ、vocalsynthは Biovox だけで、フィルターでハイをバッサリカットしているのがポイント。トラック同士の分離を良くしましょう。
ベースの音自体シンプルでも、別トラックに分けるだけでクリアに聞こえるようになりました。
ボーカルチョップ
次にサンプルを短く切り詰めたり適宜ミュートして、リファレンスのように各単語の発音の切れをタイトにしていきます。
vocalsynth のリズムフィール・トランジエント感はサンプルの状態に大きく依存するので、波形のシャープな部分を頭に持ってきてアタック感を、フェードを入れてリリース感をだすといったことがある程度自在に可能です。
オーディオの状態がダイレクトに vocalsynth の出音に直結
以上を踏まえてシンプルに耳でチェックしつつ自分の好みに調整しましょう。以下はそのビフォーアフター。極力リファレンスに近くなるようにしました。
調整は「聞いた感じ」でOK
サウンドは以下のような状態。引き締まった音になっています。
完成に近づいてきましたので、サンプルを4小節全部にコピーします。
この段階で重要なプロセスの9割以上は完了です。
仕上げ
最後に、質感をリファレンスに近づけるために Serum で強めのハイシェルフEQを追加。
Cubase 上でも EQ ・コンプ・ディエッサー・空間系エフェクトを入れてサウンドを整え、さらにマスターにリミッターを入れて音圧も増強しました。詳細な解説は省きますので、ここからダウンロードできるプロジェクトの中身を覗いてご確認いただけたらと思います。
仕上げに決まったルールはありませんが、vocalsynth で歯擦音を強調した場合、適宜後段にディエッサーを挿してコントロールするのが有効でしょう。また vocalsynth は倍音が濃密なので、EQ で若干ミッド(3k~4k)を削るとサウンドに落ち着きやすいです。
以下、完成のサウンド。
手順の解説は以上になります。
サウンド調整のコツ
1、ボイシングにこだわる
vocalsynth2 を和音で使う場合、サウンド調整と同じかそれ以上にボイシングがキーになってきます。コードトラックのコピー流用も悪くないですが、ペダルポイントにしたり適宜内声を動かすことで楽曲の情感がグッと増すでしょう。
2、和音と単音の使い分け
和音だけでなく単旋律でも活用してみましょう。多少ぎこちないもののサイドチェイン設定後、リードボーカルを聞きつつmidiキーボードで弾奏することで、かなり面白いカウンターラインを投入することが可能です。
3、ミックス時に主従を明確に
リードボーカルと共存ミックスさせる場合主従を明確にする必要があります。
例えば All the time のボーカル導入部のようにバッサリとハイカットしてリードボーカルの脇役に徹したり、盛り上がる部分では各シンセモジュールをモノラルで左右に振ってEQでミッドを削るなど、あくまでリードの領域を侵さない配慮が必要です。vocalsynth2 は出音が派手なので特にこの点注意が必要です。
両方を目立たせようとして結局どっちつかずになってしまうのが、最もよくないミックスと言えます。
4、サンプルの状態に大きく依存
トリガー用サンプルのブレスが大きすぎたりプチノイズが乗っているとかなり目立つことになります。作成手順の説明でも触れていますが、vocalsynth の出音とトランジエント感はトリガーの状態に大きく依存するのでサンプルの補正もエディットもこだわりたい所です。
5、パートの分離は有効
vocalsynth のパラメーターでサウンドを細かく調整するには限度があります。
ミックスにこだわりたい場合、積極的に声部やサウンドモジュールをトラック別に分けるなりオーディオでバウンスするなりして個別に調整するのはかなり有効です。
このチュートリアルで使用した機材
Izotope vocalsynth2 リンク
Izotope vocalsynth2 無料デモ版リンクはこちらになります。以下の赤枠からダウンロード。(要ログイン)
現在、定価(\22,000)の75%値引き、\5,430で、プラグインブティックよりご購入いただけます。セールは2021年10月までの期間限定ですので、必要な方はお早めにお買い求めください。
今ならモジュレーションエフェクト、 Native Instruments「Freak」(\3,200相当)も無料で付いてきます。
xfer Serum リンク
xfer Serum の無料デモ版リンクはこちらになります(15分限定の使用制限があり)。ページ最下部、以下の赤枠部分からダウンロード可能。
xfer serum はvocalsynth2と異なり、セール対象になることがほぼありません。必要な方は、以下のリンクよりお買い求めください。(Splice は Rent to own となります)
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まとめ
以上、vocalsynth2 を使ったボーカルシンセサウンド作成手順の解説でした。
本文中では「サンプルエディット ➡ Serum調整 ➡ vocalsynth 調整・・・」といった風に、便宜上手順を追って説明していますが、実際は同時にエディットし、必要に応じてこれらプロセスを何度も往復することになります。
再度要点をまとめると以下のとおり。
- ボイシングにこだわる
- vocalsynth は和音でも単音でも使える
- リードボーカルとのミックスは主従関係を明確に
- トリガーサンプルのエディットは大切
- ミックス時のパートの分離は効果的
最初はなにやら面倒なプロセスに見えますが、いったん慣れてしまうとどうということはないので、ぜひ楽曲制作にご活用くださいませ。