日頃からサンプルを調達するために Splice をよく使っていますが、とくに恩恵を感じるのはボーカルサンプルがかなり豊富である点です。
ボーカルサンプルは旧来のパック販売でも利用できましたが、Splice を使えば市場にあるパックほぼすべてを横断してソートし、地引網のようにごそっと調達することができるので非常に簡便です。効果的なボーカルサンプルの活用は、間違いなく曲の品質を一段階底上げしてくるでしょう。
この記事では、Splice でボーカルサンプルを調達するメリット・デメリット、そして私が日頃からサンプルを探す際に心掛けている手順とコツについて解説していきます。
Splice でボーカルサンプルを調達するメリット・デメリット
メリット
Image : albersHeinemann / pixabay
コスパがとても良い
Splice のサブスクは日本円で月額約1,100円(9.99USD)で、毎月100クレジット購入するスタイルです。オーディオファイル一つが約11円なので、4-8小節の実用的なボーカルネタ1つがその位のコストと考えると、なかなかのお値打ち。
経験のある方は分かると思いますが、ボーカル収録はトラック作成以外にキャスティング・ソングライティング・作詞・スタジオ予約・本収録などの手間を要し、かつ歌の上手いボーカリストとなるとなかなかの経費も考慮しなくてなりません。このもろもろが数百円程度で代替できるなら、活用しない手はないかと。
Splice はいろいろなサンプルを扱っていますが、ボーカルサンプルのように実際に収録すると手間と経費が掛かるものを狙い撃ってダウンロードするのが賢いといえるでしょう。
パフォーマンスがとても良い
正直音質はまちまちですが、ボーカリストのパフォーマンスは意外なほど良いです。今までかなりの数をチェックしてきましたが、方向性や歌唱スタイルで NG はあるものの、ヘタ過ぎて NG というのは一度たりとてありません。
とにかく曲が映える
ボーカルが楽曲の顔役でありメインパフォーマーなのは疑う余地がなく、その有無で曲の映えぶりがおおきく変わってきます。
また人間の声は発音特性上他のどの楽器とも音質がかぶらないので、ミックス中で埋もれるということがありません。
またインスト指向の曲であればボーカルサンプルは有効なつなぎにもなり、アレンジで雰囲気を変えたい時の大きな武器になります。飾り程度でも十分効果的です。
すぐれたガイドボーカルになりうる
のちほど本収録のボーカルと差し替えるなら、一旦ボーカルサンプルで作ったミックスをボーカリストに渡すことで、歌唱・ソングライティング・作詞の良きインスピレーションになることがあります。
ボーカリストによっては詳細なガイドを喜ぶ人もいます(そうでない人もいます)ので、これを叩きに歌唱スタイル・旋律・フック・リズム・歌詞などを検討するのは言葉による誤解や勘違いを無くし、とても効率的です。
デメリット
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外国語のみ
大きなネックといえます。
見たところ Splice のボーカルサンプルの大部分は英語で、日本語のネタはごく一部しか見当たりません。
ここで注意点をひとつ。異なるアーティストのサンプルを複数使うなら、歌詞内容をある程度把握して、一貫性の無い内容にならないよう気を付けましょう。
一貫性云々というのは、リードボーカルは「別れの歌」なのにラップは「パーティソング」みたいな「歌詞のねじれ現象」のことを言います。英語なので気づきにくいんですね。ただネイティブが聞けばすぐに分かることです。
一応ネイティブリスナーに聞かせることを想定して、「別れの歌」「出会いの歌」など歌詞の位相がそろっているかどうか多少気を遣ったほうが良いでしょう。
ここがズレているとかなり滑稽なことになります。
長尺の場合ドンピシャのネタは少ない
これもネックの一つといえるでしょう。制作中の楽曲のテンポ・キー・曲調にドンピシャではまるボーカルサンプルを探すのは根気が必要です。
ショットであれば話は単純ですが、長尺でベストマッチにこだわるなら、楽曲のテンポ・キーから多少外れたサンプルも検索候補に含めて、数多くあたる必要があります。もちろんそれらは後で Daw で補正することになります。
もし完璧を期すなら、すでに仕上がっているトラックにボーカルネタをのせる「後のせ方式」ではなく、先にボーカルネタをセットしてから楽曲を作成する「先のせ方式」が有効です。ちょうどリミックスのような感覚ですね。
ほかのユーザーと被る
Splice のサンプルは、当然他のユーザーも使います。気になる人には気になるデメリットですが、サービス特性上やむを得ないとも言えます。
しかしながら、Splice のネタバレが露見したメジャー曲が、それによって低評価を被った例は聞いたことがありません。それよりも楽曲のアイデアの方が圧倒的に重要だと考えます。
そもそも Splice が主戦場とするクラブミュージック界隈は、サンプリング、リミックスなど、よそ様のネタを料理するスタイルが流儀として定着しているので、使っているサンプルがかぶるか否かはそう大きな問題とは見做されないでしょう。
Splice でボーカルサンプルを探す手順とコツ
Splice ブラウザトップ
ここでは、実際に Splice でボーカルサンプルを探す手順とコツについて説明します。細かいアプリの使い方等は、以下の記事を参照下さい。
既述のとおり楽曲のテンポ・キーにピタリとはまり、かつイケてるネタというのはなかなか見つからないものです。ある程度の数、候補となるサンプルにあたる必要があります。
なので Spliceで検索する時には、テンポ・キーのフィルターはゆるめにセットし、出来るだけ多くのサンプル候補を表示させるようにすると良いでしょう。
そこから必要に応じてタグで表示内容をしぼり、フォーカスをしぼっていくのが効率の良い探し方です。何も考えず漫然とひとつひとつチェックするのはおすすめできません。
当然、楽曲のテンポ・キーと異なるサンプルを使う場合は、DAW上で補正する必要があります。その一方で極端なタイムストレッチ・ピッチシフトで音質やフィールを損ねるのは避けたいので、そうならないようにするのがミソであると言えます。
以上をふまえて、以下こまかく見ていきます。
テンポによるフィルター
最初にテンポに関して。
再度繰り返しますが、楽曲のテンポをピンポイントでフィルターすると表示数が少ないです。最初は「楽曲のテンポ ±5bpm」のレンジでフィルターするといいでしょう。つまり楽曲のテンポが 100bpm なら、95~105bpm のレンジ。
レンジ変更時は「update」を忘れずクリック
これで一通りチェックし、良好なサンプルがなければさらに±10bpm までレンジを拡大します。それでも無ければ、さらに ±13bpm・±15bpmと少しづつテンポレンジを広げていくと良いでしょう。ただここまで来るとどうしてもタイムストレッチで劣化が避けられませんが・・・。
タイムストレッチの音質劣化をある程度抑える方法として、楽曲のテンポの方を少しだけ変えて「歩み寄らせ」るようにし、その分サンプルにかけるタイムストレッチ幅を狭めて、データの劣化を抑えるやり方もあります。
例えば楽曲のテンポが 100bpm、サンプルのテンポが110bpm の場合、楽曲のテンポを105bpmまでアップし、そのかわりサンプルのタイムストレッチを-5bpmで抑えるということ。
ただし楽曲のテンポを変更しても不都合が無ければ、という条件でですが。
キーによるフィルター
次にキーに関して。
こちらもある程度の数候補をあたるため、楽曲のキーに対して「全音」の音程差までのサンプルをチェック対象にすると良いでしょう。つまり楽曲のキーがCメジャーなら♭B~Dメジャーまでが対象。
経験上、これ以上の音程差だとピッチシフトによる音質劣化がきわだったり、もともとあった心地よいフィールが大きく損なわれたりする可能性が高いと感じます。
キーは一度に一種類しかフィルター出来ない点に注意
また、ややトリッキーですが平行調も場合によっては候補にいれて OK。例えばCメジャーの曲であればAマイナーにも当ってみるということ。尺が短めでペンタトニック中心のメロディなら、部分的にDAWでピッチ修正すれば使える場合もあります。
なお、楽曲ありきでSpliceのボーカルサンプルを「あと乗せ」する場合、サンプルの旋律が楽曲のコード進行にバッチリはまる、というのはあまり期待できません。後でDAW上でピッチ修正、ないしはアレンジの方をサンプルに合わせる、というひと手間はどうしてもあると心得ましょう。
➡ 参考:Cubase おてがるピッチシフト
タグによるフィルター
最後にタグに関して。
Splice では、何も考えずに単に「vocal」と検索すると、とりとめなく雑多なボーカルサンプルが表示されてしまいます。これだと検索効率がとても悪いので、「verse」「adlib」「stack」などのタグを使ってさらに表示サンプル数を限定するのが賢いと言えます。
以下に、ボーカルサンプルに関連する主要なタグの一覧をのせておきますので、検索時にご活用くださいませ。
adlib | 「アーウー」系のハミングやワンショットフレーズです。イントロやカウンターとしても使える場合があります |
bridge | verse & chorus をつなぐ Cメロ的な感覚です。二回目のリピート部分に使うことが多いです |
chant | adlib に近い意味で使われる用語です |
chorus | いわゆるサビです。日本語での「コーラス」と意味が異なります。同一パック内にひとつながりの「verse」がある可能性もあるので、かならずチェックしましょう。また「chorus2」と連番がふってある、2回目のコーラスがはいっている場合もあります。ごくまれに「pre-chorus(Bメロのようなもの)」のある場合もあります |
chop | Future House とかでよくあるチョップボーカルです。多くの場合フォルマントエフェクト付きで、エディットの自由度は狭いです |
double | いわゆるダブリングです。モノラル2トラックが左右にふってあります。モノラルが欲しい場合、片チャンネル抜き出しましょう |
drone | ボーカルをリバーブやディレイで長く引き伸ばした音です。ストリングス・パッド代わりに使えます |
dry | wet の対義語で空間系エフェクトがかかっていないサンプルです。特にこだわりがないかぎり、wet でなくこの dry を使うのがセオリーです |
full | メインリードやそれをサポートする上下のハモリ、あるいはカウンター等全部の素材が入ったデータのことを指します。使い道は限定的 |
harmony | ハモリのトラックです。ハモられるリードトラックがパック内にある可能性がかなり高いです。使うなら両方もっていきましょう。この2つがミックスされているケースもあります。 |
hi | リードに対する上声部です。ハモリであったりオクターブユニゾンであったりします |
hook | 推測ですが「印象的なフレーズ」というようなあいまいな意味で、verse でも chorus でも使われる言葉です。何でもいいからキャッチ―なフレーズが欲しい時に検索タグにいれると良いかもしれません |
layerd | stack と似たような意味ですが、多くの場合リード、ハモリ、ダブリングなど複数のパートがレイヤーされています |
lo | リードに対する下声部です。ハモリであったりオクターブユニゾンであったりします |
long | 意味はそのままで「長い」旋律のリードボーカルです。おそらく8小節程度はあると期待できます |
phrase | 印象的なワンセンテンスのリードボーカルです |
short | 上の「長い」ボーカルの逆です。こういうファイル名を付ける場合「long」「short」の両方がパック内にあることが多く、その場合 long と比較して相対的に短いという意味になります |
stack | 複数声部重ねてあるトラックです。これ自体使えることは少ないのですが、各声部のバラのデータがパック内にある可能性が高いので、使うなら丸ごともっていくのがポイントです |
stem | Stack と同じような意味で使われます |
spoken | 語りやラップ調のリードです |
wet | dry の対義語でエフェクトがかかった状態です。空間系かコーラス系のどちらかであることが多いです。加工できる余地が狭いですが、それを承知の上であればOK。 |
verse | いわゆるAメロです。こちらもひとつながりの「chorus」がパック内に存在する可能性があるので、使うなら一連をもっていきましょう。また「verse2」と連番がふってある、2回目のバースがはいっている場合もあります。これも必ず持っていきましょう。 |
なお、パックによって用語の定義がまちまちで、実際はひじょうにアバウトにこれらの単語が使用されています。上の一覧を参照しつつネタによって柔軟に解釈を変えていきましょう。
バラエティ豊かなファイル名
特に欲しいボーカルサンプルのイメージが決まっていないなら、まずは「verse」あるいは「chorus」タグを追加すると良いでしょう。ある程度尺の有る、きちんとした歌唱サンプルが表示されます。また、空間系エフェクトの付いたデータは扱いが難しいので、「dry」タグも必須と言えるでしょう。
ほかに留意する点として、もし良好なサンプルを見つけたら、必ずそのパックの中身を覗いて、リードライン以外に上下ハモリ・ダブリング・カウンターなど一連のデータが一緒に入ってないか、チェックする癖をつけると良いでしょう。これらがあるとボーカルアレンジを検討する際に、ぐっとアイデアの幅が広がります。
尚、サンプルのファイル名にある、歌詞あるいは歌詞タイトルでパック内を検索すると、関連データをすべて表示させることが出来て便利です。お試しください。
ファイル名にある歌詞関連の文言で検索すれば
一式が表示される
その他のコツ
パック自体をキープ
ひとつでも優秀なサンプルがあるパックは、パック内の他のサンプルファイルの品質も高いと期待でます。イザというときに、すぐにパックにアクセスできるようにしておくと良いでしょう。
ブラウザであればシンプルにパック自体に「Like」すればOK。
赤丸のハートマークで「like」できる
アプリだとその機能は無いので、左端の「Collection」に任意のフォルダを作って、既にダウンロードしたサンプルを一部ドラッグしておきます。サンプルのファイル名直下のリンクをたどれば元パックに即アクセス可能。
キープしたいパックのネタの一部をドラッグして入れておこう
アプリとブラウザの使い分け
アプリはランダム結果表示ですが、ブラウザはリリース順・人気順などで検索結果を整列可能で、検索結果を全数表示してくれるのでじっくり探したい場合に好都合です。アプリで結果が思わしくない場合ブラウザでも覗いてみましょう。
ブラウザ赤丸の部分からリリース順・人気順などで表示を整列可能
ちなみにブラウザだとネタの尺も表示されるので、私はパック中身を覗く際に必ずチェックするようにしています。(長尺のネタを探す場合20秒以上がどのくらいあるかをざっと見ます)
秒数である程度ネタの状態が分かる
基本ドライのサンプルを使う
既に何度か言及していますが、特段の事情が無いかぎり、空間系エフェクトを切った、ドライのサンプルを使うようにしましょう。
データにリバーブやディレイが含まれてしまっている場合、ミックス時にその他のパートとの空気感の統一に難儀することになります。またダイナミクス処理でコンプを掛けた場合など、調整のたびにリバーブやディレイの成分も同時に音量が上下し、きわめて邪魔な存在となってしまいます。
「dry」タグは最初からいれておくといい
後工程をかんがみると、メリットよりもデメリットの方がかなり大きいので、ボーカルサンプルを使うなら、基本ドライのデータにしましょう。
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まとめ
以上、ザザッと Splice でボーカルネタを探すコツなどを見てきました。
実際の Splice の検索表示はそこそこごちゃついており、アプリはまだ発展途上でややユーザビリティに欠けます。漫然とひとつひとつサンプルをチェックしていくとどうしても時間がかかるので、どうやって効率化するかがキモと言えるでしょう。
ただ楽曲にボーカルがバッチリはまると、曲のクオリティが無条件に数割増しになります。
ぜひチャレンジしてみてください。