過度なデジタル化が進む音楽シーンへのカウンターか、バイナル・カセットテープ・アナログシンセの売り上げがここ数年伸びているといいます。
そんな中、フロッピーディスクなどのオールドメディアでのリリースにこだわるドイツ人アーティスト Remute が、今年3月31日にスーパーファミコンのカートリッジでアルバム「The Cult Of Remute」をリリースする運びとなりました。
90年代のゲームサウンド開発さながらのアルバム制作は、どういったものだったかくわしく見ていきましょう。
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この記事は、The Verge 公式サイト記事「This electronic album was made for the SNES and you can buy it as a cartridge」を基に作成しました。
厳しい容量制限
SRAMがたったの64KB
アルバム制作の最大の障壁が「情け容赦ない」容量制限で、今までのアルバム制作でもっとも困難なプロジェクトであったと振り返っています。
彼の前作「technoptimistic」は、メガドライブ音源をフロッピーでリリースするという意欲的なものでしたが、音源チップ内蔵のFMシンセをフルに使ったもので、いわゆる個別に制作した音色を用いたものではなかったため、容量を大して必要としないデータタサイズに収まったようです。
シーケンスデータ自体は微々たるサイズなので、容量問題が発生することはありませんでした。
前作 Technoptimistic のタイトル画面
一方今回のスーパーファミコンのサウンドチップ(Sony SPC700)の仕様は、最大発音数が8和音(8チャンネル)であること、ステレオで鳴らしたり、内部的にエフェクトを使えることなどがありましたが、これら自体は楽曲制作にはポジティブな要素でした。
その中でネックとなったのが、このサウンドチップがサンプラーのような発音仕様であること、それにもかかわらず、チップのサウンドRAM(SRAM)が、たったの64Kbyteしか使えないという苛烈なハンディキャップが存在するということでした。
「There’s a punishing constarint : the SNES only dedicated 64KB to audio RAM, dramatically limiting the samples and effects that can be loaded in for each track」
(厳しい制約です。それはスーパーファミコンのSRAMがたったの64KBしかないということです。1トラックにロードできるサウンドデータとエフェクトが劇的に制限されてしまいます。)
波形を細切れに
このミッションを達成するために、当時のサウンド開発者がやったのと同様、音色として使用するサンプル波形を最小の1サンプル周期にまで細切れにする必要に迫られました。
Remute はこの手法で、サウンドチップをサンプラー兼ウェーブテーブルシンセとして使ったと述懐しています。
その昔、AKAIのサンプラーでRAM容量をケチケチ使うために、ハイピッチでサンプルして取り込んだのち、ピッチベンドで下げて引き伸ばす、あるいは再生するサンプリングレートを下げて引き伸ばすなどというようなノウハウがありましたが、これはそれをもっと極端にしたケースといえます。
今からは想像できないようなローテク環境ですね。
Sony SPC700の仕様
スーパーファミコンのサウンド仕様
スーファミの音源チップ(SPC700)の主なスペックは以下の通りです。
- 最大8チャンネル同時再生
- サンプリング音色(32Khz / 16bit)
- 最長 224ms のディレイ内蔵
- ホワイトノイズ(32Khz)
- ADSRエンベロープ(32Khz)
- 64KByte SRAM容量
- FM
懸案となっているSRAM容量 64 KBは、サウンドエンジン・シーケンス・サンプル音色・ディレイ等のデータすべてコミコミで、容量無駄食いのゴミデータも多々まぎれていたようです。
興味深いのは、ADSR のサステインが、リリースタイムがゼロでないと機能しないようで、リリースが残っているとノートレングスを無視してディケイからサステインなしでいきなりリリースがトリガーされる奇妙な癖があったようです。大きな欠陥だと感じますが、一体どうやってカバーしていたのでしょうか?
参照:Battle of the bit(SPC format)
サウンド容量
SRAM容量 64KBというのは、読み込めるオーディオ尺にして約5秒程度のようです。
常に8チャンネル同時発音するわけではない点、スライスした音色波形を内部で引き伸ばし、エンベロープをかける工夫をしたと考えてもかなり厳しく、上述のとおり、サンプルデータ以外も考慮する必要があるので、SRAM に読み込める正味の音色尺はこれより短くなったはずです。
Remute はローランドのヴィンテージハード音源とボーカルを同時に収録するなどさまざまな工夫を凝らし、最後の1byteまで大切に使い切りました。
前作 Technoptimistic 制作中の Remute
(アルバムデモ画面より)
ROMデータと購入方法
ROMデータ
制作フローは、作曲とシーケンスデータ・音色組み込みにオープンソースのオーディオモジュールトラッカー OpenMPT を使い、そののちに、コマンドツール SNESMOD を使って sound playback format なるフォーマットにマニュアルでコンバートしていく、という流れでした。
このようにしてROMに収めるサウンドデータを制作したわけですが、よく考えたらアルバム楽曲をオーディオデータとして納めたメディアが存在しないことに気づかされます。オーディオデータ自体がないのでマスタリングというプロセスも存在しません。
アルバムはスーファミのカートリッジで「出荷」されるので、Remute が今回制作したのは、アルバム楽曲を収めた「ロムデータ」ということになります。リリースというか「納品」のような感覚でしょうか。
“All these limitations felt kind of medieval,” he says, “but still futuristic as so far no one has attempted to program a full album for an SNES cartridge.”
(今回の多くの制約は、いわば中世にもどったような感覚だね。しかし今のところ、だれもプログラミングして、スーファミのカートリッジでアルバムをリリースしようなんて試みていないという意味では、未来的でもあるよね。)
購入方法
今回のアルバムのカートリッジは Bandcamp 経由で購入することが可能です。
購入先リンク「The Cult Of Remute」
数曲サンプルが公開されており、聞いた印象としては kraftwerk expo2000 をレトロにしたような感覚でしょうか。ジャンルがジャーマンテクノなので、まったく矛盾はありません。
ハイエンドが無くて音が丸みと温かみを帯びています。確かに当時のスーファミサウンドはみんなこんな感じでした。
まとめ
以上、通常のアルバム制作とはかけ離れた「アルバム制作」のプロセスを見てきました。
「The Cult Of Remute」のリリース自体は来週(3/31)なので、実際のタイトル画面はまだ公開されていませんが、スーファミの電源を入れて、タイトル画面が表示されてアルバム楽曲が流れてくる(推測ですが)、というのはかなりシュールです。
ストリーミング再生主流の今では、音楽は単なるデータとして扱われます。今回のスーファミカートリッジというメディアでのリリースは、それに対するおおいなるカウンターといえるのではないでしょうか。
おそらく大量には流通しないと思われますので、ひとつ持っておくと、のちのちプレミアがつくかもしれませんね。これを機にぜひ。