Avicii に学ぶEDMでブレイクする7つの秘訣

  • 2020年9月23日
  • 2020年10月24日
  • EDM
EDM avicii

Avicii についてはここで改めて説明する必要はないでしょう。数多いるEDMプロデューサーの中でももっともシンボリックな存在で、今ではさほど珍しくない早熟のEDMプロデューサーの典型は彼が一番最初ではないかと記憶しています。

ここでは彼が Levels でスターダムの頂点に到達してからまだそこまで時がたっていない2011年に実施されたインタビュー(FutureMusic誌_2011/autumn)から一部を抜粋翻訳し、彼の語った内容に沿って解説を併記する形で記事にしました。

当時はまだキャリア後半に見られるような退廃的なムードは無く、ひたすら若さに任せて自分の夢にまい進する純な姿がコメントの端々から伺えます。

分量はさほどでもないですが Wikipedia や海外のブログ等でも見かけない内容も多少含まれています。単に Avicii の曲が好きな方も、Avicii のような成功を目指すプロデューサーの卵の方も是非ご覧ください。

※ この記事は約5分で読むことが出来ます。

① ひたすら作る


マネージャのAshと出会った当時、僕は大学で社会科学・経済学について学んでいたのさ。起きている時間をすべて音楽につぎ込んでたけどね。一週間で3曲は仕上げないと、自分のことをたるんでいるなぁと思ったもんだよ。
周囲の友達やブログとかが僕のことを認知し始めて、そこから事態が進展し始めたんだ。全ての物事が順番に発生し、やがて周囲で起きていることを認識するのが難しくなっていき、その流れについていくのでいっぱいっぱいになっていった。

Wikipedia でも言及されているように、Avicii は楽曲制作が驚くほど速かったと言われています。2010年以前のハウス曲は一曲おおよそ5-6分で、テンポ128周辺と考えると小節数で160以上。これをほぼ二日に一つ作るというのはまさに驚くべきスピードといえます。

Avicii のごく初期の頃(2008年前後)の作品はまだそこまで洗練されておらず、野暮なプログレッシブ or テックの域を出ませんでしたが、数をこなすことで後に Swedish House オリジネイターの一角としてのアンセミックなスタイルに到達します。


彼が使用していた FL studio は、Cubase や Logic のようにかゆいところまで手が届くようなエディットの自由度はありませんが、打ち込みの速さでは定評のある DAW で、Avicii との相性がとてもよかったのだと推察されます。

ちなみにマネージャの Ash(Arash Pournouri)とは Avicii の映画「True Stories」で時折顔をみせる凄腕のマネージャー兼・MC兼・ネゴシエイターです。Aviciiの成功は彼がいたからこそ成しえたと言えますが、2016年に袂を分かつことになります。

② 独自のスタイル・サウンドを模索する


(初期の頃Beatportにアップされていた楽曲はどうなったか問われて)
僕のマネージャ(Ash)が最初にしたのは、それらをBeatport から取り除くことだったんだ。彼は何か楽曲をリリースするよりもまず最初に、僕が自分独自のサウンドを生み出すことに対して、すごく真剣だった。
彼は僕の作品に大きなポテンシャルを見出していていて、(将来)やりたいこと、そしてどこにたどり着きたいか、一緒にプランを練ったりしていたんだよ。

著名なEDMプロデューサーの名を聞くと、その人物の作るサウンドが頭に思い浮かぶかと思います。

そういった各プロデューサーのアイデンティティになるような独自のサウンドのことを「シグネチャーサウンド」と呼びます。

一流のEDMプロデューサーは誰しも独自のサウンドを確立しています。それによってシーンに独自のポジションを打ち立て他の有象無象とは一線を画したものとして認知されるようになり、一部はまるっと新しいジャンルを生み出すほどの影響力を持つようになります。Avicii もその一人と言えるでしょう。


マネージャーの Ash はこのことの重要性を熟知しており、Avicii ブランドに悪影響を及ぼす粗悪な旧作をまず市場から一掃、そののちじっくりと腰を落ち着けて Avicii がシーンで確固たる地位を築くためのサウンドを確立するのを、忍耐強く待ち続けることになります。

それから数年、たゆまぬ試行錯誤の日々は彼の最初のブレイク Seek Bromance(2010年) で、後の Wake me up をほうふつとさせるアンセム系サウンドとして結実します。Ash はこの勝負サウンドを待ち望んでいました。

③ 初めてのDJ


(キャリア初期の頃、当時 DJ をやっていたかと問われて)
いや、あんまり。今僕がDJをやっているのは、それは単に僕がプロデューサーだからさ。Aviciiとして最初の公式ギグは今から二年前(2009年)のことだよ。
それはマイアミのWMC(Winter Music Conference)で、LaidbackLuke の前座だった。ギグのかなり早い時間帯でのプレイだったから、どちらにしてもお客さんはほとんどいなかったんだけど、それでも僕は緊張していたな。

新米 DJ のAvicii は当時 CDJ を使っていたようで、今のような誰でもテンポシンク機能なしのミックスにかなり神経をすり減らしていたようです。初ギグから二年経過しても「単にプロデューサーだからDJやってる」というコメントをしてるところから、彼なりに割り切って舞台に立っていたのかもしません。

後にスタジアムを埋め尽くすほどのオーディエンスを前にして堂々たるパフォーマンスを披露する Avicii も、キャリア最初の DJ はテンポの異なる2曲をつなげるのも覚束ない、ひじょうに頼りないものでした。


後に大きく飛躍する人物も最初の一歩はだれでも素人。そう考えると少し試したくらいで上手くいかないからと言って自分には向いていないと考えるのは早計かもしれません。冷静に客観的に上手くいかない原因をとらえて改善することだけに注力しましょう。  

④ 理屈よりもサウンドを重視


僕は正直言って、どこかで楽曲プロデュースに関するレッスンをたくさん受けたとかそんな感じじゃないんだ。でも初期の頃に作った曲を聴くと、本当に遠くまできたと感じるよ。
当時と今と何が違うのか、説明は出来ないけど、それらはすべて小さなステップから成っているんだ。
僕は技術的なプロデューサーではないんだよ。例えばコンプレッサーに関して、どうやってそれを使うのかは知っているけど、なぜそんな風に機能するのか技術的な背景は知らないんだ。
(なぜ良いサウンドなのかは分からないけど、それが良いサウンドであるということは分かるということか?と問われて)
そのとおり

直接彼が語っているわけではありませんが、おそらく Avicii はかなり直感的で本能的なプロデューサーだったのでしょう。

楽曲のプロデュースで重要なのは楽曲の完成した姿、ビジョンであり、その目的はリスナーの心を揺さぶりオーディエンスを踊らせることです。音楽理論的な整合性や、機材の使用方法が正しいかどうか云々は二の次で、多少ラフであっても仕上がりの熱気を優先したのだと思われます。


一流のクリエイターは目的達成のために技術や道具があると良くわかっており、この序列が逆になることはありません。

ある程度必要なこととはいえ音楽のスキルアップは、スキルを磨くことがそれ自体が目的化しやすい傾向があります。作品を世に問うために音楽活動をしている場合は本末転倒にならないようバランスに注意したいところです。

⑤ 楽器演奏よりも大切なこと


(君は楽器演奏家というよりも、プログラマーだよね?と問われて)
うん、まったくその通り。僕がキーボードとかを弾くのはスタジオでアイデアを拾ったりするときだけで、その後でプログラムしてそのアイデアを形にしてくんだ。
楽器演奏に関しては、僕はとりたててきわだった才能はもってないんだ。

前項と似た内容ですが、Avicii は楽曲をプロデュースするという目的を強く意識していたがゆえに、それに対して即効性の薄いアプローチ(楽器演奏マスターは時間がかかる)は躊躇なく後回しにしていたようです。

海外のプロデューサーは結果重視のスタンスが特に強く「自分は理論も分からないし楽器演奏も出来ないけど、ヒット曲が作れるから何の不都合もないのだ。」という聞いてるこちらが心配になるくらいの「長所優先」思考です。


元来ストイックで奥ゆかしいタイプの多い我々日本人は、どうしても「できること」よりも「できないこと」に頭を煩わせてしまう傾向があります。

Avicii のスタンスを盲目的に礼賛するのはリスキーですが、楽曲制作・プロデュースが目的ならば、あれもこれもではなく健全な取捨選択をして自分の注力すべきテーマを絞りたいものです。時間は有限です。

⑥ 業界に参入するルート


第一のステップは君を手助けしてくれる人物の注意を惹くことさ。それがDJであれブロガーであれ、君の音楽を世に広めるための手助けをね。
その唯一の方法は、自分のレコードを作りにひたすらまい進すること、リスナーのためにレコードを出し続けることなんだ。誰かが作った素晴らしい作品を耳にすることがあれば、彼の次のリリースも聞いてみようかなという気にもなるよ。

特筆すべき業界の参入ルートというわけでもないように感じますが、プロデューサーとしてキャリアを築くには、一にも二にも楽曲をひたすら制作し続け、周囲の人間に認知されることがとても大切であるということでしょう。

彼の本当の飛躍はマネージャのAsh に出会った後に訪れますが、それ以前に単独で活動していた時から積極的に自分の音楽を広めるために積極的に SNS で自分の曲を拡散していたようです。それが結果的にAsh をはじめとしたキーパーソンを惹き付け、スターダムを駆け上がるきっかけとなりました。

音楽は表現することも重要ですが、同時にセールスマンとしての顔も持ち、積極的に自分自身と音楽を売り込むという、地に足のついた地道な営業活動もまた求められます。

⑦ ブレイクの秘訣


僕にとってそれはマネージャと出会ったことなんだ。彼の成したことは僕にはできなかっただろうし、本当に僕を助けてくれた。
素晴らしいビジネスマンだし、多くのコネクションも持っている。何より僕が知る人間のなかでもっともハングリーなヤツなんだよ。
何よりも成功とは、投入した頑張りの量次第だと思っている。思い出す限り僕は一週間毎日12時間働き続けてきている。マネージャもね。もしビジネスで何かを獲得したいなら本当に頑張らないといけないよ。

最後に Avicii は、成功のためのハードワークの重要性を説きます。音楽的な才能があり、敏腕マネージャを擁してもなおそれだけで成功が約束されたとは言い切れず最後は「投入した頑張りの量次第」と言い切ります。

そもそも Avicii の生来の音楽的素質を考慮しても、それを開花させたのはやはりハードワークの結果にほかなりません。


自分の夢に挑む人間は常に向かい風にさらされることになります。そこで中途半端に腰砕けにならないよう、万難を排してブルドーザーのように前進し続ける推進力が、何よりも成功には求められるということです。

このようなひたむきな姿勢の大切さを語るEDMプロデューサーは、決してAvicii だけではありません。楽をして一流になり得た人間はおらず、戦略や効率を語る前に、やはりまずは勤勉で前向きなハードワーカーでなくてはならないようです。

まとめ

彼の語った内容をまとめると以下のようになるでしょうか。


  • 成功したいならハードワークせよ
  • 自分の音楽を世に出し続けキーパーソンとつながれ
  • 自分の音楽スタイルを確立せよ

正直言って特別な成功の秘訣というわけでもない、Avicii でなくとも誰でも思いつくような拍子抜けする単純な内容です。

しかしおそらくこれは事実で、何かで抜きんでようとすれば「ごく当たり前のことを人一倍頑張る」という正面突破の正攻法こそが、周囲の人間の共感を得やすく、自らの夢のサポーターに変えてしまうという意味で、結果的にもっとも成功確率を高めるアプローチなのかもしれません。

既にAvicii はこの世にいませんが、そのまっすぐな矢のように直進し続けた姿は、国境をこえて何かを目指す我々の背中を押し続けてくれるのではないでしょうか。


※ この記事は、FutureMusic誌 2011年Autumnのインタビュー記事を抜粋翻訳して作成しました。